心の平和

 水泳で社会的なことを見つけて嫌になってやめた。
 剣道はかっこいいと思っていたが、社会的に責任があると思ってやめたかったが、やめられず無理をした。
 中学のころまた剣道はかっこいいと思って剣道部に入部した。そのときは社会的なものは感じなかったが、毎日の練習をきついからごまかしごまかしやっていた。
 中学2年のときから、個性、キャラクターを構成しなきゃならないみたいな雰囲気になって、「かっこいい」という個性を選んだ。かっこいいということはどういうことかというと、何でもできて、笑いを取れて、そういうことだと思った。
 高校にいったら、性の問題に苦しみ、高校生らしさとは何かということを考えつつ、その初心は何かということを思い続けていたけど、途中で破錠して、男だとかゲイだとかオカマだとか、自分はそうなるしかないのかと思って、でも高校に誇りを持とうということは思ったけど、友達と相談もできずに、考えすぎだといわれても考えていて、結局果たせなかった。高校の誇りとは何かを見出せず、もっと留年してたらと思ったりした。
 それさえ見出せなかったなら、大きいことを考えようと思って、一人で、平和の哲学を考えた。自分のために。
 それで誇りを持った。プライドがあるから負けず嫌いでいられるし、これから笑ってやっていけそうだと思った。
 前向きにやっていくこと、冗談も平和につながるということ。「ジョーカー」でいくと、中学2年のときから思った。常にその場その場でジョークというかユーモアを出せたと思っていたら、まじめな性の問題があって、あこがれたが、「かっこいいだけ」のジョーカーであるということになってしまった。今ではこれから前向きにいくことも含めて大丈夫だと思う。
 「平和」という誇りである心構えを持ってるから、安心して一生懸命になれる。

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